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March 2006

March 31, 2006

藤田継治展

仕事を早めに切り上げて、北の丸公園近くの東京国立近代美術館、藤田継治展を見てきました。代官山のランチをぬいて捻出した1300円の価値があった。

小学生のころ、たしかパリの街角の絵(の写真)を見ているのです。記憶にかすかに残る絵は、淡泊な色彩とデフォルメされているようでいてバランスよくおさまった街の風景。教科書にもその名と小さな作品の写真は必ず出てくるパリにわたった異端児と呼ばれた洋画家。
そんな記憶と知識を、作品はうち砕いてしまった。

彼の裸体の肌色を「乳白色」と呼ぶのだそうです。まさに恐るべき乳白色でした。あんな色見たことなかった。1923年の裸婦1枚で、今日の午後の時間はすべてすんだと思えた。

生きている大理石ともよべない。印象派の色とも違う。「まるで生きているような」が西洋画に描かれた女性の肌の色への賞賛だとしたら、フジタの絵は「生きている」とは決して言えない。印象派の「見えている光そのまま」でもない。
静物を思わせる日本画の女性像とギリシアの大理石の女神たちを、天秤ばかりの皿に載せて、ちょうど静止したその中心点にうまれる均衡。この不思議な色は、この世にじっさいにある肌ではなくて、フジタだけに見えている肌色なのではないか。
そして、その色が、面相筆から出た輪郭で形を持つ。表情を語らない小さな瞳は、そもそもこちらの世界の何かをみているとは思えない。

初期の作品から晩年まで、徹頭徹尾圧倒的に上手いデッサンと画面のバランス。
デッサンは現代のイラストレーターやアニメーターは、結局全員ここから出発しているのではないかと思えるほどの軽やかさ。
画面のバランスの心地よいこと。白い不思議な背景にすくっとただ立っている女性には影が描かれない。大きな画面にたくさんの裸体はミケランジェロの裸体を配置し直したかのような均衡。戦争画も画面いっぱいの子供たちの絵も、彼にとっては美しいものだけを美しく配置した、それこそが彼の絵なのだ。

こんなふうに見えるから、こんなふうに描く。それは天があたえた才。近代日本人画家で、はじめて天才だと思った。不覚にも涙が出そうになった。

対象となっている素材に、彼はなにがしかの表現したい思索を感じているとは思えない。ピカソのゲルニカや、レンブラントの肖像画のような語るべきなのものかは彼の絵にはない。こういう、深みのない平板な素材を描いた絵は本来私の好みではない。にもかかわらず、彼は彼に見える美しきものを残らずキャンパスに描き込んで、多分、本人が一番その美しさにほれぼれと酔い、かつ、その美しさは人をとりこにする。フジタツグハル、恐るべし。


会場で一番人だかりがあったのが、壁掛けTVの前。藤田が1937年に海外への日本文化紹介のために監督した8分あまりの実写映画。「国辱的」というのでお蔵入りになったそうな。子供たちがちゃんばらして散髪屋さんに行って丸坊主になって紙芝居やさんが桃太郎をみせて姉さんと弟ふたり手をつないで家に帰る。そこに映し出された昔の日本の姿に大勢が見入っていました。


九段下まで千鳥が淵の桜が満開、武道館前にはtokioのコンサートを待つ女の子たち。
人を殺すことも、人に殺されることもない平和な世を祈らずにはいられなくなる、そんな散歩になりました。

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March 18, 2006

ふたつのジキルとハイド

昨年末に日生劇場で鹿賀丈史主演のジキルとハイドを友人と見たのでした。2001年ミュージカルベストワン4冠作品の再演。鹿賀丈史は日本のミュージカル界を代表するひとりと言われていますから、市村正親とともに、1度はチェックしておくべきだと考えて。
2時間半舞台を見て幕が降りたとき、感想をここに書くことが出来ないほどの駄作で、友人は「日本のミュージカルはもういい」と言い、同じ思いのわたしは、これを終了作品にするのがいやで、無理に先日のトミーを見てミュージカルを終了にしたのでした。結果は、先日の報告の通り。わたしのミュージカルは終了のはずでした。

友人は韓国のミュージカルに向かいました。チョ・スンウ主演韓国版「ジキルとハイド」

舞台には3種類しか在りません。もう1度みたい、と、よかった(1回は見ておいてよい)、と、金返せ、と。
高いお金を払って「もういちどみたい」にぶつかる確率がそう多くないことを、わたしはこの二年半でいたく学習してきました。だから「良かった。もう一度みたい」」という友人のメールに、すくなくとも友人にそう言わせる作品は、逃してはいけないと思いました。しかも同じ作品。比べる楽しみにそそられて、当日券に1時間半並びました。

チョ・スンウ。「マラソン」を主演した演技派の俳優である彼が、ミュージカルスターとしてどのくらいの力を持っているのか、韓国で「ヘドウィッグ」を演じて絶賛されたということのほかには、ほとんど予備知識を持っていませんでした。

結果から言うと、「よかった(1回は見ておいてよい)」でした。この作品についてはこれ一回でよい。ただし、チョ・スンウで「ヘドウィグ」が来たら見なくては、と。つまり、ミュージカルを卒業にするのは、まだ早いぞ、当分休止にするにしても、に気持ちが変わったのでした。チョ・スンウによって。

ここのところ、オリンピックのスピードスケートも、フィギュアジュニアも、WCBの野球も、韓国に連敗中。舞台を比べるのに国の勝ち負けなんか持ち出すのはおろかですが、それにしても、根っこは同じではないでしょうか。見終わって、「まいったなぁ」とため息をついている自分が、いました。

いえ、純粋に作品として比較しなくてはいけません。
2つの身毒丸を比べたときには上質の演劇の楽しみが在りました。
ふたつのジキルとハイドを比べて見えたのは舞台の正直さ、残酷さという言葉をつかえないほどの舞台の神さまの正直さでした。

日本語の舞台は、作品がいわんとすることがさっぱり腑に落ちず、終盤へ行けば行くほど役者はそれぞれ在らぬ方向に向かい、ラストシーンは蛇足としか思えず、見終わって、ただ唖然とした。
ずっと、鹿賀丈史さんの思わせぶりなセリフ回しと動作だけが前に出て、制作側の感動させようとしている意図は感じるのですが、意図が分かったって、心が動かないのはどうしようもない。意味不明の舞台だったのでした。

同じストーリー、同じシーン、同じ歌、ほぼ同じ意味のせりふで進行していった今日の舞台。
言葉のわからない韓国語に日本語の字幕をときおりたどりながら見た今日の舞台。
そして、この舞台で、この作品がどういう作品なのか、よくわかった。
自らの中にハイドがあらわれたあとのジキルの苦しみは、自らの中から愛が喪失してゆく者の苦しみに他なりません。愛を失うかもしれないおそれを救うのは、疑いに直面してもなおそこにあり続ける愛しかない。
エマののびやかなソプラノ。チョ・スンウとの和音の快感。歌がシーンをまわす心地よさ。これがミュージカルの楽しみ。ミュージカルはコンサートではない。歌がつなぐべき場面がなくてはならない。舞台の上に人がいて息をし、視線を吸い込む表情がなくてはならない。作品で表現されるべきひとの思いが無くてはならない。

苦い思いがわきました。

日本人の心の中から、愛が失われたのだろうか。だから、舞台からも、語るべき愛が消えてしまったのだろうか。もう、舞台の上に愛を描くことが出来なくなってしまったのだろうか。と。
悪意や疾走感や残虐さやねたみやぬくもりやさみしさを、描くことはできても、愛を描くことは、できなくなったのだろうか。ひとは、そこにないものを、舞台のうえにつくることは出来ないのですから。

カーテンコールに立ったチョ・スンウの、美しい敢然とした笑み。まいった・・・・。

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March 11, 2006

ふたつの身毒丸 DVD

演出蜷川幸雄 原作寺山修司 脚本岸田理生 音楽宮川彬良 撫子白石加代子
身毒丸武田真治 
演出蜷川幸雄 原作寺山修司 脚本岸田理生 音楽宮川彬良 撫子白石加代子
身毒丸藤原竜也 

たったひとりの違い。演劇の最高の楽しみ。

原作者は、母親を渇望し続ける。
「おかあさん、もういちど僕を妊娠してください」
彼の心が出ることを望んでいない悪夢へ、彼は行きつ戻りつする。

演出家は、家にあるものと家にいてはいけないものを、同時に見る。
家には家の柱の父親があって、家の光の母親があって、親に従う子供たちがあって、ご先祖様が並ぶ仏壇があって、銀行にお金があって、家族の食事にちゃぶ台がある。「あれがあって、これがある」
女は家にいてはいけない。家に女がいれば、家は崩壊する。
壊れてゆく家に、「わしにはもう、家のハンコがないんだ。」と父親が言う。
家をくずした女に、「さあゆきましょう。忘れられるために出てゆくのです」と男が言う。

脚本家は、切ない恋を悪夢の中におき、家と男の間に撫子をおき、母親と女の間に身毒丸をおいた。
2人の想いは悪夢。しかし、悪夢は甘く、甘いは悪夢。まるでマクベスの魔女のように。
撫子が遠いさすらいから戻ってきた恋人にこたえる。
「もういちど、もうにど、もうさんど、できることなら、おまえを産みたい」

音楽と照明と大道具と役者たちは、回転舞台を回り続ける。悪夢の中にいる者たちは、悪夢を見ない。閉じられた甘美な空間が回り続ける。

白石加代子は、舞台をまわす巫女。
売られた旅芸人、買われた母親、恋に落ちた女、拒絶された夜叉、成就した恋人が、舞台をまわしてゆく。

そして、たったひとりの違いが始まる。ふたりの身毒丸に、ふたつの物語。作者も演出家も脚本家も大道具も照明も音楽も役者たちも巫女も同じなのに、作品はまったく別のものになる。

武田真治は悪夢から目覚めようとする青年。子供の夢を見たくない大人。
彼は幕が開いてから幕が降りるまでずっと、見たくない悪夢の中で、とまどい彷徨する。観客は自分が見せられている悪夢の輪郭をくっきりと、かれの苦しさを窓にして、見る。
「あの、つかぬことをうかがいますが、この近くに鉄道線路はないでしょうか。どう歩いても、線路がみつかりません。ねぇ、きみ、僕は迷子になってしまったのか」
舞台の主役は、作者と演出家と撫子。舞台が終わったとき、身毒丸は狂言まわしだったと観客は気づく。武田真治は、観客に差し出された美しい生け贄だったのだと。さしだされた生け贄だけがそれを知らない。

竜也は悪夢を見ていない。
幕が開くと身毒丸の舞台が始まる。舞台のそこかしこに、甘美な夢がいて、撫子をみつめ、撫子の視線を受け、撫子を拒絶し、撫子を求める。舞台のそこかしこに在るただ一点。観客は、甘美な夢を見つめ、彼から発せられる光をあびて、舞台からは母親も家も悪夢も消える。
「さあ行きましょう。顔を失くして、名前を失くし、忘れられるために出てゆくのです」
その瞬間、神に心を差し出しているのは、観客の方なのだ。
撫子に恋をした身毒丸に、落ちてゆくのは観客の心なのだ。
原作者も、演出家も、巫女さえ消えて、そこに身毒丸だけがいる。

演劇はすてきです。たったひとりの違いで、舞台が別の作品になる。なんて、知的な美しさだろう。わたしはうっとりと、その美しさを見るのです。

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March 08, 2006

トミー

これでミュージカルは終了、の気持ちで、新宿厚生年金会館へ。それにしても、ほんとに厚生年金?会場前にかかったトミーの看板を見るまで不安が消えなかった。だって、ブロードウェイロックミュージカルを厚生年金会館?お世辞にもカッコイイ会場じゃないよねぇ。勢いでつい予約したようなものだし、1万円どぶに捨てた予感に満ちて、でも、もしかしたら悪い予感がはずれるかもしれない、いや、今回はずれで良いから、ライフの悪い予想がくつがえされますように・・・・。

入ったとたんに、ダメが確信に。舞台の空間のたたずまいに、作品の正否はあらわれてしまう。思えば狂言の舞台の美しかったこと。もちろん、今日は、しょぼくてださくて会場がダメなのは、はじめからわかっていたのだ。しかし、観客席の両サイドが黒いビニールシートで無粋に覆われてる、2かい席からは女子高校生の集団の嬌声が降ってきて、1階座席後方はまったく人が入る気配なく、前方席もここ彼処に空席が目立ち、しかして決定的だったのはその、埋まっている肝心の座席の、客層だったのだ。12月の正蔵襲名披露と間違った???ご高齢の、どうみても、ロックミュージカルとは無縁の方々がなぜこんなに???

にもかかわらず、舞台が始まってから、2時間半後に終わるまで、ずっと、歌は良かった。曲がよかった。これはブリティッシュロックというジャンルなのだろうか、歌い手も良かった。一番恐れていたうるささはほとんどなかった。これが、ロックミュージカルなら、良いかもしれないと思った。では、何がダメだったのだろう。むしろ、コンサートなら良かったのだろうか。付随するストーリーが邪魔だった。父のスーツ姿も母のワンピースもトミーの治療シーンもビーンボールさえも邪魔だった。やっぱり、ミュージカルはダメなのか・・・・、歌と踊り、スキなんだけど・・・ディズニーランドのショーも宝塚もきっと好きなんだけど。むしろ、あの明るくお手軽な歌と踊りが、気楽にすきなだけなのか。歌と踊りに徹したショーを見るべきなのだろうか。日本の演劇界はむしろミュージカルが主流になりつつある。ジャニーズ系やら四季やら。ミュージカルは演劇ではないのだろうか。キャバレーは演劇の香りと歌の叙情性を感じたのだけれど。今日ダメだったのはあきらかに演劇性の部分。ショーとしての演出がそれほどひどかったとも思えない。結局「作品の解釈」がなかったのか・・。トミーという人物の成り行きを語るだけの作品になっていて。

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March 07, 2006

月見座頭  茸  

世田谷パブリックシアター  狂言劇場

月見座頭(野村万作)  洛中の男(野村萬斎)

お昼にビールを飲んで、代官山から渋谷の坂を上って下り、三茶まで駆けつけた。
パブリックシアターの場内にしつらえた四角く張り出した舞台の静謐なたたずまい。左右奥三つに伸びる細い道。これだけで、今日の舞台は正解と決まる。
八島の合戦の語りと舞い、男たちの声が重なる地謡。午後の眠気をそっと誘いながらも心地よい緊張感。

照明が落ちて黒子が舞台の四方にススキを置く。再び明るくなれば、そこに夏を過ぎた静かな秋の野外。
そして、今日の真打ち万作が左の道の奥にあらわれる。かがめた腰の位置がきまり、そのまま少しのゆれさえ見せない。座頭が細い杖を前に左右について歩く。止まる。顔をわずかに上げ耳を地面に傾け、虫の音を探す。がちゃがちゃとなるクツワムシの騒がしい音に笑う。スズムシの音、きりぎりす。
舞台には照明でつくった満月はない。座頭を照らすスポットもなく、秋を暗示するどんな色の照明も当たらない。あくまでも白い四角い舞台とススキ、そこに座頭を演じる万作がひとり。しかし、観客のすべてが、煌々と真昼のように秋の野を照らす満月の光を見、草むらのそこここにさまざまに高低が違い音色が違う虫の音を聞いたに、違いない。

至芸とはこのようなことを言う。その思いを自分が味わっただけで、今日の舞台は満足となる。それにしても、万作の絶妙な体の動き、はじめは老人のしわがれ声と聞こえていた声がしだいに仙人の艶やかな声になるさま。竜也を半年くらい万作さんがしこんでくれたらと、つい想像する。天才は天才とふれるべきだから。

舞台に都洛中の男が現れる。男に酒をつがれる座頭。杯に見立てた扇が、注がれる酒を受けて空中を沈むさまの絶妙なこと。残った酒をさっと地面に捨てて、一瞬のうちに杯は扇になって、舞がはじまる。しかし、これが、萬斎には出来ていない。萬斎が下手というのではないのだけれど、舞台の神はいつも残酷だ。同じ様をさせれば観る者には違いがあからさまになるもの。

それにしても、ビールがきいてきて、ここから先に睡魔に襲われた自分・・・。ばかやろー。いえ、睡魔をそれまで寄せ付けさせなかった万作の芸が素晴らしかったのだと思うことにします。

作品としては、あとの茸が面白かった。落語や狂言の笑いは健康にこの上なく良い。外国の人や子供たちに見せたら、さぞかし喜ぶだろう。


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