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August 28, 2006

詩人の恋

加藤健一、畠中洋の 二人芝居。 本多劇場にて。

小細工なし、正真正銘の演劇でした。

加藤健一の歌、畠中洋のピアノ、達者で巧くて、初演からずっと声楽の練習を続けてこの再演にそなえていたと聞けば、役者はこうでなきゃ、とうれしくなる。若い高慢なピアニストと日の当たらない初老の声楽家の感情が、役者の正確な発声と弛緩のない動きで丁寧に描かれてゆく。これが演劇。気持ちの良い、まっとうな舞台でした。

若いスティーブンが老声楽家のリードで、「詩人の恋」の最初の曲を歌う場面。
嫌々声を出すスティーブン。
マシュカン教授は、スティーブンのいらいらにまるでつきあわず、強引にレッスンをすすめる。
詩の中に畳み込まれている感情が、ピアノの音色の中で、ときあかされてゆく。詩は五月の花をうたうけど、それは目の前にある春ではない。哀しみの中で思い出されている春。人生の哀しみをくぐって、思いでのなかにだけある春。
言葉を知ろうとしていなかった若いピアニストが、言葉に込められていた人の思いを知って、はじめて、ピアノの音色が感情を持ってゆく。
美しいシーンでした。

第2部で明かされてゆくマシュカン教授とスティーブンの「ユダヤ人」としての悲痛は、わたしは少々苦手なのです。(これはこの舞台とは関係ない私の個人的な心情なのでしかたない。)
しかし、カトケンは私の苦手意識を超えて、マシュカン教授のたくさんの感情のひだをたっぷりと見せてくれました。けちで卑屈で心に深い傷を負い、音楽を心から愛し、詩を深く理解し、オーストリアで人生を送る、収容所で死ななかった生き残りのユダヤ人。ウィーンでは哀しみは癒されない、しかし、ウィーンで音楽への愛を抱き続ける。

人はなぜ芸術を求めるのだろう。音楽や詩、絵や舞台を求めるのだろう。

カーテンコールでカトケンは、笑顔でその問に答えていた。体が生きるために必要ではないけれど、心が生きるために必要なんだって。

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Comments

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