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October 17, 2006

オレステス 最後に。

10月14日 夜公演(20:20) カーテンコール。
9月25日の満面の笑みでもなく、30日の今日はだめだったんだなと言う正直な顔でもなく、

少し不思議な・・・満足でも不満でもなく、何かを不思議に感じているような・・・表情をしていた。
それとも、見ている私の心が、勝手に私の目にそんな印象を映したのだろうか。

同じ日の昼公演はね、30日に比べて声も演技も十分戻っていたけれど、彼はちょいと悔しい顔をしていた。何しろ彼には珍しく(私は初めて体験しました)、しかも3回も、せりふをかんだから。かんだあと少しの間、調子が落ちる。カテコの顔を見て、藤原竜也くんはほんとに正直な人だと感心(?)。

夜公演は、(北村くんのスッテンで劇場のはじっこのマナーの悪い客約2名(すみません)が声を殺しておなかを抱えはしたけれど、)竜也の美しい横顔を堪能し、低い繊細な声とほとばしる言葉を聞けた。声を発する前の綺麗な静寂もあった。
ただ、立ち上がって拍手をしながら、
「この演出では、これが限界」と、その思いがくるくると回り、
そして、思った。
もしかしたら、竜也も、舞台の上で見えない「天井」を感じたんじゃないだろうか。
マニアの私の勝手な思い入れだろうか。

あの不思議な、何かに問いかけるような、気持ちが宙空をゆくような・・・表情。
作品(演出)が、彼を、約束されていたはずの「重力のない天空」に解き放さなかった、
作品(演出)そのものが、彼が翔ぶことを邪魔して、邪魔し続けて、
この舞台が昇華するチャンスを邪魔し続けて、終わった。
彼の無意識は、いや、彼の体が、それを感じていたのかもしれない。

竜也と吉田さんの絡みは、舞台を追うごとに鋭くなっていった。互いに挑みかかる姿は、作品の最大の柱になった。オレステスが逃げてゆくメネラオスにつかみかかる、メネラオスがオレステスをうち捨てる、闘いの場面。そして、ラストの二人の目を合わせないにらみ合い。二人ともかっこよかった。

瑳川さんと竜也はもっとせりふが応酬していれば、とてもスリリングだったろう。二人のせりふは本を表面的に読めばそれぞれの主張の場だけなのだけれど、言葉を発しないせりふを入れて「応酬」にすることはできたと思う。しかし、演出はそうしなかった。相手の「主張」をただ聞いているだけ。(もちろん二人とも、限定された立ち位置の中では、最大限オレステスだったしテュンダレオスだったけれど)。

北村くんの腕に抱かれた竜也は、舞台を重ねるごとに、綺麗になっていった。
14日昼公演の北村くんはこれまでで最高だった。強くて優しくて、ピュラデュスの友情に私まで癒された。竜也が北村くんの腕の中で伸びやかに演じる、わたしが一番好きな場面。
(だから、あの日の夜はすご~く期待してたんだよ、北村くん。あそこで、ころぶなよ~、本人が一番悔しかろうが。)

しかし、男たちが作品を男たちの闘いに仕上げて行けば行くほど、舞台は分裂していった。
蜷川さんの演出をそのまま被り続けた女性たちと、そこから脱出した男性たちと。
黒衣の女たちの動きに、何か意味があったのだろうか、結局「悲劇の連鎖」それだけ?「ギリシア悲劇の激しさ」それだけ?それはあの作品の中にどんな意味を持つの?オレステスの悲劇の中で何の意味があるの?蜷川さんが描きたかったものは何なのですか?あの降ってくる国旗に何か現代風の味付けをして観客の目をくらませる、まさかそれだけ?
男たちの演劇的で緊張感にみちた刺激的なぶつかり合いを、演出家は無視して終わったのですか?
舞台は人によってこそつくられるのに、蜷川さんは物を重ねる。

オレステスを7回見た。
同じ舞台を、これだけ重ねて見た。
見た私が馬鹿だろうか。藤原竜也くんのファンなのではない。
藤原竜也の中にある「天才」を浴びたいマニア、それだけです。
でも、7回も見たから、許されると思う。蜷川さんの演出について、こう言ってしまっても。

俳優を大道具の1つとして扱い、水や顔の写真や檻や汚い乳房を振り回す女の体といった「物」を直截にぶつけてくる、猥雑な空間。そういった(新奇な?)思いつきで舞台空間を満たし、ラストシーンで話をひっくり返す「驚きの」演出をする。
竜也の繊細な表現は、あなたの「思いつきを足してゆく演出」には合いません。
竜也の天才は、舞台空間に美しい焦点をつくる。彼に光が集まり、彼から光が発する美しい焦点。
能や狂言や古典バレエの舞台にたたせたいほどの静謐な緊張感。観客は彼に釘付けになる快感を味わう。

オレステスの舞台は、男たちのつくる空間を、終始、女たちが邪魔していた。
それは彼女たちの責任じゃない。
作品の焦点を、雨に濡れながら傘を振り回して叫び踊るコロスとひたすら目をむきだして叫ぶエレクトラに当てて、最後に山のように国旗をふらせた演出家の責任です。
大阪の舞台で、後ろの客が一言「資源の無駄やな」。
あの舞台を見た多くの観客の正直な感想だと思う。

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