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December 24, 2006

近松心中物語。古典。

役者が圧倒的。そして、演出に、古いものに挑みかかるような勢いを感じる。

ヒラミキと太地さん、金田竜之介さん、市原さん、山岡さん、菅野さん、そのどの人の場面も、見入って目が離せない。せりふを聞くだけではなく、彼らそのものに見入らずに入られない。

何とも言えないたがいの色気が交差する。役者それぞれの色気は一色でないと思い知る。蜷川さんがおとす明暗、光と陰の中で、せりふがゆるみ、張り、のぼり、降りてゆく。役者たちが色を競う。うつくしいなぁ。

市原お亀の声は鈴を風にのせて振るようだし。「したら(あんたの胸の中に)わたしと白菊はんとふたりで住んどるのかいな。ふたりで半分ずつなんていやや」「おかかさまのいじくれ。根性まがりのうてず」
山岡さんはきりっときれこみにぃっと笑って弦をゆるめるし。「けどその大切なおとこはんから白菊に見返られた女房ははだれやったろうな」
「いじめられてるのはわしのほうですがな」かいしょなしの亭主の腰抜けざまも品がよい。
「3年まってもらちあかんで」ただでさえ憎々しい金田竜之介がいかにも憎々しく言う啖呵がかっこよく。

この多彩な色の共演の真ん中にヒラミキと太地さん。圧倒。この恋が嘘ものでないと、観客はみな額ずくでしょう。
ヒラミキが「月」になっている舞台なんてこれが最初で最後ではないでしょうか。太地さんの中からあとからあとから深い濃い光が放射される。それがヒラミキに反射してキラキラ光ってる。すごい。

忠兵衛と梅川の出会い。新町の女郎やの格子の前で、すれちがい、見返して梅川を見るヒラミキ。女を見る男の目ではない。ああ宝物はこれだったのかと見つけた自分だけが知るひそやかな笑み。人が神様に約束された人生のただ一つの贈り物を見つけたと知った会心の笑み。だから、ふたりが行き交ったあとの忠兵衛の最初の台詞は「今の女郎衆の名は何というのや」梅川の最初の台詞は「忠兵衛さまとお言いやしたなぁ」ふたりはともに「約束されていた宝物」の名を互いに確かめたのです。だから、梅川は「よういらはりました。さっきぃから待ち通lぉにしていましたえ」と言ったのです。彼女の運命は彼と会うことをずっと待っていたのですから。

でもこの台詞をそう演じられたのは、このふたりだけだった。リメイクも新バージョンも、演出が補った。ふたりの出会いが「運命的」だと演出で分からせなくてはならなかったから。役者の力の差ではないと思う。あのときの太地さんとヒラミキでしか、脚本のほんの数語の言葉を運命にしてしまうことができなかった。演劇の神様がそうしたのだと思うしかない。

「会いたかった、会いたかった会いたかった」
梅川は忠兵衛に会いたかった。会えることを運命が梅川に約束していた。これはそういう物語だった。あまりにもシンプルすぎて、ほかの女優さんでは演じられない。太地さんにしか、演じられない。そういう役だったのです。その「会いたかった」のあまりの圧倒的な力にヒラミキは落ちたのだと思う。

30年前の「近松心中物語」
これは古典です。

舞台にいる役者から十人十色の色が放たれて、見入らずに入られない。
たくさんの色の真ん中に言葉を運命にしたふたりの恋があって、その輝きが目を射し抜く。

演出家は多彩な色を、観客がドキドキする驚きを計算して演出した。人形も森進一も二階建ての四角に区切られた明かりも雑踏のストップモーションも駆け下りる階段も降り積もる雪も。彼の後に続くすべての演出がここから始まり、彼自身を含めて多くの人がここから始まったものを遺産として使っているのだろうと思う。
こんなふうに、古典が生まれ落ちる。
30年前、その瞬間に立ち会えた観客は幸せだったことでしょう。

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