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March 04, 2007

心にナイフをしのばせて

「心にナイフをしのばせて」 奥野修司 

1969年 4月 神奈川県の私立高校で15歳の高校1年生の少年が同級生を殺害した事件が起きた。絶命したあとも刺し続けて合計47カ所の外傷。その後、首を切断し遺棄。犯人の高校生は、自分自身を刺して見知らぬ男たちに自分も襲われたと主張、その後目撃者の証言で虚偽と分かると一転して、殺した同級生の自分への「いじめ」を主張。一貫して自己を正当化し続けた。友人を殺した時から今日まで、殺した友人の残された家族への謝罪の言葉なし。

28年後の1997年におきた「酒鬼薔薇」事件を契機に、フリージャーナリストの著者が、事件で殺害された少年の母親と妹への取材を始め、10年間をかけてまとめた作品。殺害された少年の妹さんの独白という形を取る。

30年間。時間は、家族を殺された人たちの心を癒さない。
「時間が解決してくれる」というのは、社会の言い分でしかない。
殺された人の家族も「被害者」である。「被害者の家族」とくくるべきではない。「家族を殺された」という大きな犯罪の被害者である。

取り返しのつかない恐ろしい出来事のために人生に大きな傷を負った被害者に、ゆっくりと時間をかけて寄り添って、被害を受けた者の30年たっても消えることのない思いを書き留めた著者に、敬意を表したいと思います。

殺害された少年の母。父。妹。
一途で一心で、事件を思い出すことから逃げ続ける、ガラス細工のようにもろい母。彼女は犯人への憎しみを表出しえない。
息子を失い、妻を支え、家族の前で弱音も泣く声も漏らさず毅然として生き続けた父。犯人を、もしかしたら誰よりも強く憎みたかったであろうに、「犯人を憎む自分」を望まなかった。
そして、兄と同時に、暖かい家庭の笑いも、平穏な時間も失った妹。ちょうど私と同じ年の女性。この人の、人生を貫く冷静な(感情を断ち切った)視線に、圧倒される。

もちろん、この本を商業ベースで「売れる本」にしているのは、取材の最後に明らかになった驚愕の事実なのだけれど。人を殺した人間がひとことの反省もなく謝罪もなく生きて、現在弁護士として人生の成功を味わっているという事実。

けれども、著者はそのことを大声で言い立てる下品さをもたなかった。「下劣な犯人の社会的な成功」を大声で言い立てることで、人ごとでしかない人間たちの嫉妬をあおって扇情しても、何にもならない。むしろ、ゆっくりと声を聞き続けた母親と妹の心をさらに踏みにじることにしかならないだろう。

だから、この本を、人間を知る本のひとつとして記憶しておきたいと思う。

こういうルポタージュを書くライターがいるのだと知ると、勇気づけられます。

人を殺すという、もっとも恐ろしいことを、人間が平然とおこない、その行為を正当化し続ける。
いえ、それが「自分にとって正しい」ことだから、平然と殺し、社会的に不正と糾弾される要素を隠し続ける。
それは、戦争を正当化する人々に等しいに過ぎない。つまり、とてもありふれたことだ。
そのとき、家族を殺された被害者は、
被害を受け続けて生きる。犯罪はおわっていない。おわっていない犯罪の中で、生き続けている人生。

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