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April 09, 2007

翁おきな・三番叟さんばそう

世田谷パブリックシアター 開場10周年記念

世パブの空間には狂言舞台のしつらえが美しく映える。灯りを受け檜の四角。左右と奥にのびる三本の橋掛かり。前後にふたつ高く浮かぶしめ縄。わたしはここに、空間を見に来たのだ。

辞儀を正す。畳まれた体の辞儀の中に、音がすいこまれてゆく。観客席のあちこちで聞こえていた咳やしわぶきの音が消えた。音とともに、観客席も消えた。

笛のね。鼓のおと。真ん中に千歳(梅若紀長)が舞う。音が舞に集まり散ってゆく。神が来る。舞がつくる渦の中に、神が来る。これが、舞だったのか。

三番叟。深緑の装束の万作。
わたしは足袋に覆われて動く足ばかりをみていた。万作さんの足が床の上を滑ってゆく残像で、磨き上げた檜のなめらかさが自分の中の感触になる。足袋の残像で檜がかがやく。それがあまりにも美しくて、足ばかりを見ていた。ふいに、片方の足が装束の中に消える。体がすっと上に昇る。一本の足はつっと立つ。微動もしない。
笛のねと鼓のおと。肩が大きき開く。神が来る!

オペラ座でやるなら、これだったよ。日本人の美の究極は空間です。西洋や中国が足してゆく満たしてゆ芸術や芸能や富であるなら、この土地にだけは、引いてゆき削っていってつくられる清冽。美が凝縮する一点。この地に住まう神がそれを好まれるのだと思う。

舞台という言葉は、このためにあったのか。

ブラボーと叫びたいわたしは、しかし、息をのんだまま、舞台から消えてゆく演者たちに小さい拍手をおくっていた。
拍手は人に送るもので、神に対してするものではない。舞に拍手は似合わない。そんなふうにも感じて。でも、芸術家としての万作さんにスタンディングオベーションをしたいとも思いながら。

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