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May 05, 2007

モーリス・ユトリロ展

5月4日 三鷹市美術ギャラリー モーリス・ユトリロ展

美術展の楽しみ。ひとりの画家の世界に入る幸せ。

ゴッホ、ラトゥール、藤田嗣治、モネ、松田権六で知った幸福の感覚。

ルーブルとかプラドとか、大きな美術館の作品の一部を見せてくれる美術展では味わえない喜び。
ついこの間まで、その違いも意識せず、むしろ、大きな海外の美術館の展覧会をありがたがっていたのだけれど。

ユトリロの絵に強い印象は持っていなかった。多くの絵の中で彼の絵を見てきて、少し気になるものの、まあふつうの風景画、くらいにしか思ってこなかった。
三鷹の駅前の小さな美術館(ギャラリー)に並んだ彼の絵の連なりは、わたしに、美術展でひとりの作品を並べる威力をまざまざと見せつけてくれた。

ひとりの画家の世界に、ゆっくりと深く深く入ってゆく。入り方は画家によってさまざまだ。
たとえばラトゥールは沈殿してゆく、ゴッホの感動は怒濤の瞬間移動、モネではいつのまにか淡い霧につつまれていた。

ユトリロ。
彼の街へは、誰でも簡単にはいれる。扉を開けて街にでて、歩き出すだけだ。

しかし、そこにある街は、何という不思議な世界だろう。

進んでも進んでも、彼の絵には、光がない。なにしろ影が描かれてないのだから。
どこからも日が射してこない、ただそこに薄い昼があるだけ。
分け入っても分け入っても、彼の町には人がいない。匂いも、歓声も、騒音も、生き物の動きもない。
「死んだように静か」なのではない。この無音の町にあるのは、人が住んだことのない静寂、それゆえの圧倒的な平穏。死ではなく、生まれていない命。生まれていない命たちの、無言の声。

ユトリロは、自堕落で自分勝手で欲望とうぬぼれだけで生きた母ヴァラドンが、印象派の画家達のモデルになっていた時期に、誰が父なのかも分からずに生んだ子どもなのだという。

しかし、男達にとって彼の母は魅力的だったし、それゆえに彼を子として認知する父まで現れた。
男達のヒロインだった母は少年にとってもまぶしい存在であったのだろうか。
産んだ子をただの一度も顧みなかった母でも。

アルコール中毒になった彼は、精神病院の入退院を繰り返す。
その時期に、画家になっていた母は精神療法のために彼に絵を描かせることを勧められ、彼にキャンバスと筆を与えた。与えただけで、一度も彼に絵を教えはしなかった。母が一切、彼に、言葉も愛も下手な技術も与えなかったこと、それが、残酷な美の神さまの恵みだったにちがいない。

彼は自分の中にある力だけで、自分の中にある街を、キャンバスに写したのだ。
彼の魂が住む街を。

母はきっと、自分にない天才を彼の絵に見るその才さえも、もたなかった。
彼の絵が売れ始めると、彼を鉄格子の部屋に閉じこめて、絵を描かせ、絵を売ったカネで2度目の結婚相手と贅沢三昧の生活をしたのだという。

しかし、ユトリロの絵は、母が彼をほっておいてくれた時期の平穏を失う。
買い手の注文を受けて母が口を出したあとが絵にくっきりと現れる。空は青くなり、雲が浮かび、街には人が歩き、ざわざわと音がたつ。しかし、その街にはやはり、人は住んでいないのだ。人は描かれていても、それはまるで無意味な模様のように、雑音のように、描き加えられているだけだ。

母が亡くなり、ユトリロの絵の理解者だった銀行家の未亡人と暮らした晩年の絵には、わずかながら温度がある。かすかに街にざわめきがある。人があちこちに描かれ、街の中に溶け込んでいる。しかし、絵にかつてのような力はもどっていない。

ふと思いつき、絵の前に立ち、指をかざして絵の中の人物を隠してみた。そのとたん、すべての音が消えた。

そこにある、美しさ。
音も匂いも温度も空気のそよぎもない、時間が流れていない世界。その美。

人の姿をそこに描いても、人の姿が絵の中にあっても、人はそこにいない。
そんな世界に、彼はいた。

精神を病むということは、世界が壊れるということではない。想像も出来ない別の世界で生きるということだ。

光りを求め続けたゴッホ、時間を止めたユトリロ。

誰が彼らをそこに住まわせたのか。美の神ミューズは恐ろしい神だ。

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