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June 2007

June 15, 2007

加藤健一事務所 モスクワからの退却

2007年 6月9日 下北沢本多劇場。

2年前の秋、タイムスリップした迷路の街を抜け、彼が「最後」と言った「審判」を見た。
3時間を超える時間の中にただひとり加藤健一が立ち、
舞台に向かって座るわたしたちは、暗い地下室に取り残された男たちが人として在る最期の姿を見ていた。

あのときわたしたちがいた場所の意味が、今、やっと分かる。臨場。世界が生まれる場に立ち会う、臨場という言葉、それが演劇の神髄だと。

1年前の夏、「噂の男」、「詩人の恋」、「能楽オセロ」、芝居が3つ続いた。
演劇に濃密な興奮を求めるなら、ケラ(噂の男)。
演劇に格調高い実験を求めるなら、能楽オセロ。
けれども、わたしを幸せにしてくれたのは、加藤健一の「詩人の恋」だった。彼がくれたのは、「これが演劇」という満足。

でも、「これが演劇」って何?

1年たって分かった。満ち足りた思いの真ん中にあるものが何だったかを。
私はあのとき、ひとりのユダヤ人の老音楽教師に会って、その心を知った。出会って、知った。それが、うれしかった。それは、知る喜びだったのだ。

ひとつ知る。もう、知らなかった自分ではない。またひとつ知る。今までと違う目、今までと違う耳。そして、さらに知る。私は薄い薄い皮を脱皮し続ける。
知らなかった自分を知り、いまだ知らぬ自分を知り、知ってゆく自分を知る。
知性。最初にそう名付けたのは誰なのだろう。演劇にそんなものがあるなんて、誰も教えてくれなかった。 けれども、そこにある。なければならない。

「彼」に出会い、「彼ら」が生まれる場に立ち会い、「彼」と「彼ら」とを知る。それが「世界」と名付けられているものだ。そして、光りを浴びる舞台を見る暗い小さな椅子の中で、世界が生まれる場に立ち会うことで、わたしは新しい自分になってゆく。

2007年。なかなか梅雨にならない6月に「モスクワからの退却」
3度目の本多劇場の、3度目の加藤健一に会って、彼が誠実に「演劇」をする人なのだと、心底分かった。演劇に向かって、誠実な人なのだと。
どんな芝居であっても、彼がそうであるゆえに、わたしは心地よい。彼の芝居は、いつも、演劇だから。そこに、臨場を彼が求め、そこに知性をわたしは感じられる。
加藤健一さんに、感謝。

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June 04, 2007

蜷川さんのための藪原検校。

5月30日 前楽 シアターコクーン

井上脚本+蜷川演出+古田新太の「稀代の悪役」、加えて芸達者な田中裕子、段田安則さんにそそられて、チケット手配。前から3列目中央ブロックの通路ぎわと、席も上々。
開演間近に客席はいっぱいに埋まり、立ち見もでている。高年の男性客が少なくないのは、演目のためか。それにしても蜷川さんのチケットはよく売れる。話題つくりがうまいのね。いえ、蜷川ファンが忠実と言うことでしょうか。

冒頭、壌晴彦さんが長い長い長い語りを巧みにこなす。
蜷川さん得意の「猥雑な底辺の衆」の歌と行列。

あ~そうか、これは、「天保12年シェークスピア」と同じ。このはなしは天保の「まんま」でゆくのか。
始まってまだ5分なのに、全編のテイストは終了。(犯人が分かってしまった推理小説はつらい。)

舞台大道具、三面が天井までの板囲い。隙間からは光が漏れる仕組みでしょう。オレステスで見た。
最後の赤い糸流れ。出るんだろうなぁと思ってみていて、やっぱり出た。これはタイタス。
水はなかった。オレステスで使いすぎたからか。オセローにとっておくのか。
床に張った何本もの白いひも。これは始めて。場面ごとに川になったり、橋になったり、家の壁になったり。朝日新聞の劇評で「晴眼者と盲人の境を象徴する」と言っていた。盲人がそれを頼りに歩いている、「見えない」ことを「見せる」工夫でもあると思う。
劇中、役者達がさかんに顔をゆがめ舌を出し。天保の親分衆の顔芸が好評だったから同じことさせたね。

で、長い3時間で思った。
蜷川さんの舞台は、いつも蜷川さんが見せたいように見せる工夫でいっぱい。
蜷川さんにとって、演劇は「見せ物」なのね。

それは、演劇のひとつの面ではある。商品は売れるだろう。とりあえず見せ物は良くできている。

でも、もう、飽きました。
天保の時は学芸会。今日は紙芝居。

人が生きてそこに世界をつくる。その場に立ち会えるから、演劇です。「その場に立ち会えた幸せ」に会いたくて、チケットを買います。小説にも映画にももてない、舞台だけの特別な喜びです。演出はそのためのものです。

脚本と役者と大道具を使って「ストーリー付きの見せ物」をつくるのが、演出家ですか。

蜷川さんに「世界の」なんて冠がついていなかった頃、演出家よりずっと強い役者が綺羅星のごとくいた頃、
蜷川さんの強引と役者のわがままが火花を散らして戦えた頃には、
生きている人間が世界をつくり、観客は息をのんで見入ったのでしょう。そこにいたかったけど、もう遅いようです。

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