« キースジャレットジャズトリオ 日本ツアー | Main | 加藤健一事務所 モスクワからの退却 »

June 04, 2007

蜷川さんのための藪原検校。

5月30日 前楽 シアターコクーン

井上脚本+蜷川演出+古田新太の「稀代の悪役」、加えて芸達者な田中裕子、段田安則さんにそそられて、チケット手配。前から3列目中央ブロックの通路ぎわと、席も上々。
開演間近に客席はいっぱいに埋まり、立ち見もでている。高年の男性客が少なくないのは、演目のためか。それにしても蜷川さんのチケットはよく売れる。話題つくりがうまいのね。いえ、蜷川ファンが忠実と言うことでしょうか。

冒頭、壌晴彦さんが長い長い長い語りを巧みにこなす。
蜷川さん得意の「猥雑な底辺の衆」の歌と行列。

あ~そうか、これは、「天保12年シェークスピア」と同じ。このはなしは天保の「まんま」でゆくのか。
始まってまだ5分なのに、全編のテイストは終了。(犯人が分かってしまった推理小説はつらい。)

舞台大道具、三面が天井までの板囲い。隙間からは光が漏れる仕組みでしょう。オレステスで見た。
最後の赤い糸流れ。出るんだろうなぁと思ってみていて、やっぱり出た。これはタイタス。
水はなかった。オレステスで使いすぎたからか。オセローにとっておくのか。
床に張った何本もの白いひも。これは始めて。場面ごとに川になったり、橋になったり、家の壁になったり。朝日新聞の劇評で「晴眼者と盲人の境を象徴する」と言っていた。盲人がそれを頼りに歩いている、「見えない」ことを「見せる」工夫でもあると思う。
劇中、役者達がさかんに顔をゆがめ舌を出し。天保の親分衆の顔芸が好評だったから同じことさせたね。

で、長い3時間で思った。
蜷川さんの舞台は、いつも蜷川さんが見せたいように見せる工夫でいっぱい。
蜷川さんにとって、演劇は「見せ物」なのね。

それは、演劇のひとつの面ではある。商品は売れるだろう。とりあえず見せ物は良くできている。

でも、もう、飽きました。
天保の時は学芸会。今日は紙芝居。

人が生きてそこに世界をつくる。その場に立ち会えるから、演劇です。「その場に立ち会えた幸せ」に会いたくて、チケットを買います。小説にも映画にももてない、舞台だけの特別な喜びです。演出はそのためのものです。

脚本と役者と大道具を使って「ストーリー付きの見せ物」をつくるのが、演出家ですか。

蜷川さんに「世界の」なんて冠がついていなかった頃、演出家よりずっと強い役者が綺羅星のごとくいた頃、
蜷川さんの強引と役者のわがままが火花を散らして戦えた頃には、
生きている人間が世界をつくり、観客は息をのんで見入ったのでしょう。そこにいたかったけど、もう遅いようです。

|

« キースジャレットジャズトリオ 日本ツアー | Main | 加藤健一事務所 モスクワからの退却 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/83948/15297353

Listed below are links to weblogs that reference 蜷川さんのための藪原検校。:

« キースジャレットジャズトリオ 日本ツアー | Main | 加藤健一事務所 モスクワからの退却 »