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October 21, 2007

万作を見る幸せ

2007年 10月21日 万作を見る会 国立能楽堂

能楽堂の閉ざされた空間に、床や壁天井にしつらえた木の反響。人間の声が、染み渡りながら、静寂の中で、ふるえる音を潜ませて、幅と深さを持つ幸せ。国立能楽堂の反響は、衣擦れの音までも美しい。

万作さんの今回の企画は能の姥捨を狂言から見せるというもの。
凄絶な姥捨の語りの部分を間狂言が受け持っているという。万作さんは盲目の母が嫁と息子とに捨てられるさまを、一言の感情の言葉もなく、語る。四角い能舞台にただ一人すわり、舞も謡いも音曲もなく、ひとり床に居て語る声。声が、人の体を楽器にして、能楽堂の広さいっぱいに、伸び、切り、聴く者の心を裂いてゆくのです。声が美しいのではなく、語られることばが美しく浸みる。何の演出もない能舞台の板の上で、ただ語られる老女の捨てられたさま、照らす月。

そのあとの姥捨の舞と謡いは、半覚醒の意識は夢うつつで、これが下手な舞台だったら「寝ちゃったよ」なのですが、キースのまどろみと同じ、意味は分からなくても心地よい。

狂言は「昆布売り」「鐘のね」「千本木」

「昆布売り」は大名を石田幸雄さん、若い昆布売りを万作さんのお孫さん遼太くん。遼太くんは昨年よりさらに若々しい可愛らしい狂言を見せてくれました。
「千本木」の萬斎、演劇人としての面白みが引き立つ役でした。

万作さんは「鐘の音」
楽しかった。
主人に「黄金の値」を聞いてこいと命じられた太郎冠者が、都の鎌倉で真面目に聞くのはお寺の鐘の音。
言葉の取り違えの他愛ない話で、とくに見せ場があるわけでもない。
それなのに、太郎冠者が、この鐘の音はふつう、これは薄い、何じゃこれはわれ鐘じゃ、そしてさすがに天下の建長寺の鐘の音は極まる、と鐘の音をごぉぉん、ぽぉーん、ぐわじゃん、おおぉぉんん、と、聞かせてくれるだけなのですが、
笑いながらこころがあったまる、そうしながら、建長寺の鐘の音をもう一度聞きたくなる、聞きたくなる観客の心まで知っていて、太郎冠者はもう一度聞きたいと言って聞かせてくれる。
万作さんの一人芝居なのですが、これだけ自然な心根を舞台の上で見せてくれるには、どれだけ深い芸の精進があってのことか、先日の仁玉でも感じた観客の幸福。

狂言の楽しさと、天才の芸に会う幸せと。今日も、楽しゅうございました。

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