« 小朝独演会 | Main | 身毒丸 復活   »

March 08, 2008

春琴 

2008 3月2日 世田谷パブリックシアター 14:00 マチネ

谷崎潤一郎「春琴抄」「陰陽礼賛」から
 演出  サイモン・マクバーニー
 春琴  深津絵里 宮本裕子
 佐助  チョウソンハ 高田恵篤 ヨシ笈田
 朗読  立石涼子 
 三味線 本条秀太郎

 

ラストシーンの闇の中で 「やられた」という思いが 突き刺さって ぐるぐるゆれていた

これが演出だったのなら
今まで見てきたものは
何だったのだろう     ただの飾りや段取りや抑揚にすぎないではないか

浅草歌舞伎亀治郎のお徳に続く 今年ふたつめの「もう一度見たい」
「見たい」というよりも 「見なければ」 
目の前に起きていたことを ただ凝視して 終わってしまった
もう一度何が起きているのかを細心の注意を払って見なければ 
 あそこで起きていたことを細部にわたって思い起こす作業ができない

主要な役者が横一列に並んで中央の佐助役の俳優が語り始めると

すとんと 闇が落ちて 一筋の光が 佐助だけを 貫く

 かっこいい・・・・
一瞬につくられた絵に 息をのみ
この舞台が どんな色で どんな闇で 語られるのか 
最初のたったひとつの作為で俯瞰できるかっこよさ

黒衣たちがもつ幾本かの細い棒が松の葉並となり襖枠となり部屋となり
人の操る人形が人の中で生きた春琴となり
光ではなく闇を操る演出

深津絵里がすばらしかった
幼い春琴は文楽のような人形で 
人形を遣う深津絵里が 春琴の声となり
春琴が長じると 
人(宮本裕子)が人形となって 深津絵里が その人形を遣いながら 春琴のこえとなり

その声だけで 春琴が 生きている 文楽の浄瑠璃のように

そして 佐助と夫婦になってからは 深津絵里がそのまま春琴となった

幼い春琴のカンの強い高い声から
顔を傷つけられた春琴の奥底から深い何かがにじみあがるような声まで

彼女がいなければ この演出は アートな演劇だけで終わっていたかもしれない
人が棲む空間にはならなかったかもしれない

谷崎潤一郎の心の中にだけ棲んでいた佐助と春琴を
サイモンマクバーニーと彼の掌の中で動いた俳優たちと深津絵里が
深い闇の中からすくい取って見せてくれたような

みおわって時間がたつほどにもう一度かくにんしたくなる舞台だった 

|

« 小朝独演会 | Main | 身毒丸 復活   »

Comments

Appreciate the recommendation. Let me try it out.

Posted by: best dating Sites | November 14, 2014 at 07:39 PM

Pretty section of content. I just stumbled upon your website and in accession capital to assert that I acquire actually enjoyed account your blog posts. Any way I'll be subscribing to your feeds and even I achievement you access consistently quickly.

Posted by: best dating sites | December 19, 2014 at 06:30 AM

Saved as a favorite, I love your site!

Posted by: free music downloads | February 18, 2015 at 11:23 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« 小朝独演会 | Main | 身毒丸 復活   »