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April 04, 2008

仁左衛門&玉三郎! 四月大歌舞伎

4月2日夜の部、4月3日昼の部 逆転の夜昼興業に行ってきました。
今月は中村屋さんの歌舞伎座。勘三郎さんが昼は「刺青奇偶(ちょうはん)」で泣かせ、夜は「浮かれ心中」で笑わせます。夜の1幕目「将軍江戸を去る」の三五郎さんの慶喜、橋之助さんの山岡鉄舟も心をうちました・・・・・・が、

今月の真打ちは、どちらも、2幕め。昼の舞踏「熊野(ゆや)」、夜の「勧進帳」です。
劇場内がしんと水をうって観客の気配が消え、光の中に別の世界が現れる、舞台の神さまが光臨する瞬間。
今年3つめの「もう一度見たい」はあまりにも美しい舞台でした。

「勧進帳」
義経に玉三郎、弁慶に仁左衛門。歌舞伎といえばこの演目、を初めてみるのがこの配役、の幸せ。
玉三郎の立役を見て幸せ、義経を守る仁左衛門弁慶の美しさかっこよさを見て幸せ。

吉右衛門さんの弁慶なら主君に仕える男の心のさまを描くのだろうし、幸四郎さんならば心の中で男泣きをしつつ男ぶりする闊達な弁慶を、音羽屋さんのお二人は強い男を様式で大きく描くのでしょう。

しかし、

仁左衛門さんの弁慶は、男の業や強さよりも抜群の色気。
玉三郎の義経を守る心映えが見栄のひとつひとつに見えて、文句なしに美しい。
・・・そうか、あれは姫を守る男の美しさと同じなのかぁ。
花道に立つ義経の前、かしこまり跪いて主命を待つ、そこからすでに仁左衛門弁慶は美しく、
こんな弁慶に守られてみたい、・・・妄想さえ始まってしまう、
弁慶が美しくある必要はないと男たちが思うにしても、
義経を守る弁慶は美しくあらねばならぬと、女たちは望むのです。
その願いに、仁左衛門さんだけは応えられるのです。

「熊野(ゆや)」
花道を進む玉三郎の後ろ姿。錦の衣に一筋の黒髪。後ろ姿だけで、すでに桜が香り立ち。
玉三郎の踊りは素敵、仁左衛門の踊りは抜群にかっこいい。
そのどちらも知っていました。でも、、今回お二人がともに踊る姿を初めてみて、
捉えられて目を話すことができませんでした。
仁左衛門さんの前で踊る玉三郎は、別物です。
病の知らせを聞いて母を思う熊野ではあっても、熊野は宗盛を慕い、宗盛は熊野を愛する。
これは想い合う二人の男と女の舞です。
暇乞いをする熊野、暇乞いを許さぬ宗盛、許さぬと告げる宗盛の言葉に反応する熊野の一瞬の視線。
病の母を思い、しかし母を思う自分を手放せぬ男を想い、舞う。
オペラグラスで追う玉三郎の、動けば動くほど美しく、

美しく伸びる腕の先、扇が、まるで特殊な撮影で効果を出しているかのように、さざめき揺れ舞うのです。

今日はもう、これ1本でおしまいで良い、と思う深い満足。

ところが、3幕目中村勘三郎と玉三郎の「刺青奇偶」
その玉三郎が、また絶妙。
はすっぱな酌婦から一途に夫を思う病身の妻に、幅と深さを思う存分演じて、とにかく上手くて、
独特の声。甘えるような投げやりなような、それでいて、凛と強く、あの声が頭から離れなくなってしまうのです。
しかも、死期が迫る妻の蒼白の面差しの綺麗なこと綺麗なこと。私を含めて、客席はみんな泣きました!!

姿が美しく、表現が奥深く、演じて巧みで、声が忘れられない。
しかもそれが、二人。
互いに見つめ合って少しも臆せず、ただ無心に惹かれ合い、
こんな二人は本当に百年、二百年に一度しか、現れないのではないでしょうか。

それを、見る幸せ。


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