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August 02, 2008

かもめ  喜劇ではなく。 

初日のかもめを後方の端の席で見て喜劇の演出に納得しながらも、どうしても、役者の演技を知りたくなった。

行き違う感情を手でさわれるくらいの距離で、見たい。

座席が多すぎる小屋なのが幸い(笑)して、前の席でもオークションでのチケット値段が上がらない。前から三列目を入手。

7月2日 マチネ。暑い日だ。
昼に来ても夜に来ても、香りのない薄っぺらな劇場です。

前から3列目。センターブロック下手通路から2席目。ここは、ラストの竜也が真ん前で見られる!

おや。初日に比べて、喜劇が薄くなっている。彼らへの距離がぐっと近いせいか。
マーシャの表に出しようのない苦しさ。
彼女の気持ちに手でさわれそうな距離。小島聖さんがすごく良い。
この距離だと麻実さんや鹿賀さんの演技がむしろ過剰だ。ふたりとも、アンサンブルから出てしまっている?

そして、竜也。
間近に見る藤原竜也はなんてきれいなんだろう。
いえ、間近に見るトレープレフのにがヨモギのような若さが、きれいなのか。

もしかしたら、栗山さんのかもめが竜也のかもめになりつつある・・・・。
初日に過剰に感じた前半のはしゃぎぶりが少し抑制されて、後半にむかってゆく。

4幕。

トレープレフのまわりで、大きな歯車がまわりはじめる。

母アルカージナの、人生の敵トレゴーリンの、自分自身の、そして彼の前に突然現れたニーナの、言葉が、言葉のひとつひとつが、トレープレフと彼の人生とをつなぐ糸を切ってゆく。
「わたしわかったの」と、女優である自分を語り、トレゴーリンへの愛を言う、ニーナの言葉。
彼女はトレープレフを見ていない。母アルカージナが彼を少しも見てこなかったのと同じくらい、彼をまったく見ていない。トレゴーリンが彼の小説に少しも注目していないのと同じようにように、彼の気配さえ感じていない。
「あなたを見ていない」という視線。
トレープレフを「生きること」につなぎとめていた綱が、切り裂かれてゆく。
名声、戯曲、母、ニーナ。1本1本の糸が切れてゆく。

すべての糸がきれて、

トレープレは、ニーナを見ていない。ニーナを見ることをやめてしまった。

最後の彼は何を見ていたのか。空虚な穴のような終わり・・・。

かもめ第4幕は、トレープレフの物語になっていた。
喜劇ではなく、悲劇でもない、終わりへのしんと静まりかえった物語。

この席で見なければ、この物語は見られなかった。
泣いていたよね。静かに。終末に向かって。人生のすべてが無意味だったゆえに流れる涙だった。

静かに彼は舞台の袖に消える。身近だった人々のさんざめきの中に響く一発だけの銃声。最後の場面はトレープレフの物語のエピローグでしかない。映画だったら、もうテーマ曲とタイトルロールが流れている場面。

こうして、彼はこの物語も、彼の世界にしてしまったね。そして、わたしはまた、彼を見始めるのだと思う。ずいぶん長く、気持ちが行き場を失っていた。
やっと、ここに。とりあえず、ここに、かな。とにかく、ここに、かな。
スタンディングオベーションも興奮した空気も湧いていない、今までの竜也の舞台ではあり得ない空気の劇場をあとにして、

わたしは、小さな満足を握っていた。

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