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February 21, 2009

二月大歌舞伎 京鹿子二人娘道成寺

2009年 2月 19日 歌舞伎座昼の部

玉と菊 京鹿子二人娘道成寺

夢のような、と言う言葉は無意味です。
私は夢であのような場面を見たことはありませんし、決して見ることは出来ないとおもいます。
現実に、目の前に、玉三郎が舞っている。
それを越えるほどの空気も色も気も動きも、夢で見ることは出来ないでしょう。

玉三郎は舞いで人の魂を吸い込んでしまうのだと思います。
舞っている彼女(彼)は、人ではありません。
精なのだと思います。
あれは人ではない。狐か物の怪か神か巫女か、舞いそのものか。

劇場の空気が一心に研がれてゆき、玉さまと菊が釣り鐘の上に乗って登っていったあと、
ひかれた五色の幕とともに、高揚した声、漏れる吐息、傍らの人を見やる衣擦れがわきあがる、
劇場の幸せ。

安珍を恋い焦がれて蛇になった清姫が
あんなに美しいのは
その思いがただ哀しいからなのだと、
玉三郎の舞いは言っていました。

赤い振り袖、浅黄色、紫、黄色、夏黄昏の白。
衣装が玉三郎の舞いにうち従う女官たちのようでした。


菅原伝授手習鑑

我が子の首をを忠義のために切らせた松王丸の物語。そのそもそもの原因となったお話でした。

主君の常世親王と刈や姫の密かな恋を手助けした明るい出だしが、最後のあの悲劇にまでつきすすむのですか。これはすごい作劇です。三兄弟の父が子(桜)の切腹の介添えをし、親兄弟を裏切って主君についた悪役松王丸が、主君への忠義を越えて、親兄弟の繋がりを選んだからこその、松王丸の子殺しなのですから。

お話がつながって、納得。これは、通しでやればよいのにねぇ。

松王丸の染五郎は、せっかくの役をもらっていたけれど、もう少し、かな。勘太郎さんで見たいな。

他に文七元結
菊之助には色悪もやらせてみたいと思いました。綺麗な弟キャラですから。

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