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March 2009

March 22, 2009

川を越えて、森を抜けて

3月21日 本多劇場 マチネ 満員の観客。年齢層は50~60代が中心かな。

3月にカトケン、ハートウォーミングストーリーを楽しむ。風物詩となる。

アメリカのイタリア系家族。孫の青年とその父方、母方それぞれの二組の老夫婦。
そこに流れる暖かい家族の情を描く、
謎とかどんでん返しとかスピード感とかとは無縁の、暖かい物語です。
人生の幸せは、家族をつくることにある。そのたからかな宣言でもあります。

二組の老夫婦は毎日曜日教会へ行き、そのあと孫とともに食卓を囲みます。
ところが、その孫が、昇進の結果遠いシアトルへ行ってしまう。なんとか孫を行かせまいと祖父母によるお見合いが設定される。
歳をとって車の運転が心配な祖父、自分のことをしゃべるのが嬉しい祖父母、いつも何か食卓に出しごちそうをしたい祖母。孫のために教会のミサカードをもらってきては差し出す祖母。
それは、どこにでも見られる年寄りたちの姿です。
その姿に笑いながら、でも、
目の前の舞台の出来事には暖かく笑っていても、外の現実の世界では、それらは邪魔にされたり無視されたり嗤われたりしている。だとしたら、この小さな空間では暖かく守ろう・・・・もしかしたら、加藤健一さんはそこまで言いたいのかもしれない。

孫役の山本芳樹くん。
癖のない、素直な演技です。
昔のイタリアや日本やアメリカや世界中に当たり前にあた孫の姿です。
あまりの嫌みのなさに、その姿が今では絶滅品種だということを忘れそうでした。

そうです。絶滅品種なのです。

脚本はそれをごくさりげなく知らせています。

舞台に出てこない人々。祖父母からは息子娘であり、孫から見れば親。
時代を実際に動かしているその人々は、親を捨てていなくなってしまっている。息子と共に暮らしてさえいない。どこか都会で仕事を持ち、自分たちの生活をしているのです。

その息子、娘たちにひとことも怒りを持つこともなく、
ただ、孫には言うのです。「家族をつくり、家族を守ることが、最大の幸福、人生の目的のはずだ」と。

それでも、かつて、イタリアを去ることを自分に許した自分の父の偉さはわかっている。
だから、出発を伝える孫に向かって言葉を出せない祖父。加藤健一さんが舞台をぐいと引き締めていました。
カトケンはいつ見ても目の力が強くてきれい。声も、強くてきれい。

加藤健一さんは起伏の少ないハートウォーミングな物語にも、心地よい強さをもたせてくれます。

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三月大歌舞伎 元禄忠臣蔵

歌舞伎座が壊されてしまう前に、
今年の歌舞伎座は観に行くことがまずは大切。
しかしながら、演目と役者を問わず、とはゆきませんから、
仁左衛門さんと、玉三郎さんは必ず。
菊之助さん、亀次郎さん、勘太郎さんもぜひ。

二月の玉三郎、菊之助の娘二人道成寺に続いて、
三月は元禄忠臣蔵。仁左衛門さん出演で3月20日、歌舞伎座昼の部へゴー!

江戸時代の仮名手本忠臣蔵とちがい、明治になっての実名でそのまま描かれた忠臣蔵です。
お話の中心は、最初から最後まで消えてしまった武士(さむらい)の心へのオマージュ。

 江戸城の刃傷
松の廊下で吉良上野介に太刀を浴びせた内匠頭を取り押さえる人々。
その処罰にあたって、刀を抜いた内匠頭の心を武士の鑑とみなす多門伝八郎。
弥十郎さんの多門伝八郎は品があり堂々として、切腹の沙汰を「御上の判断の片手落ち」と論じ寄る様子は実にかっこいい。
内匠頭とそれに続く家臣たちの行為を、失われつつある侍の心への哀歌とするテーマがこの最初の段で高く掲げられました。
あとはこのテーマに沿って、物語が重ねられます。
内匠頭の散り際を、もののふの美学として、美しく美しく。
ゆえに、
自尊心のために軽はずみに刃傷沙汰を引き起こし家臣を路頭に迷わすことになった馬鹿殿への、江戸の町人ののぞき見感覚は全くなし。
内蔵助はまだか、と待つひ弱な殿の哀れさ、駆けつけた内蔵助の理屈を越えた激情などはシーンごとなし。

美学の切腹で果てた殿ということであれば、残された者たちはその美学を引き継ぐ者でしかありません。
そこには、仮名手本に見られる人間劇は存在できなくなります。
内蔵助の目的は殿の心を引き継いで吉良を討つ、それだけになります。

 最後の大評定
そんなわけで、内蔵助の内面は意外と葛藤がなくなる。吉良を討つためにすべてを自分に任せて欲しい、という場面も、出来レースなので、緊迫しない。幸四郎さんの内蔵助に陰影がないのはそのためでしょうか。
そこを補うために、内蔵助のかつての友、浪人の井関徳衛門親子の忠義の切腹が入ります。
徳衛門父子の悲劇も正面から描きすぎているような気がしました。浪人ゆえに敵討ちの仲間にさえ加えてもらえないとしたら、武士の心って何なの?というような鋭い視線がほしかったなあ。

 御浜御殿綱豊卿
お目当ての仁左衛門さん、やっと登場。11時から始まって、仁左衛門さん登場が2時半。長かった。
前の2幕が武士の美学を重く重く描いていて疲れた観客のために、この幕では次期将軍の放蕩の浜遊びで観客を和ませます。
観客は世上有名な内蔵助の放蕩の姿を綱豊卿の姿の中に映して見ています。
しかも、この幕の主人公綱豊卿は浅野お家再興の成否の鍵を握る人物です。
硬軟演じて色気も凛々しさも出せる仁左衛門さんのはまり役!!!!

仁左衛門さん、きれいです。御上の浜遊びが上品で綺麗。世を欺く放蕩の姿の下に隠す男気。かっこいい。
吉良を討とうとはやる浅野家臣富森助衛門の染五郎を、ちょいとからかってしゃらしゃらと笑うさまが気持ちよい。最後には、能の獅子頭もつけて、染五郎を抑える姿が美しい。
3時間以上待った甲斐がありました。ふひゃふひゃ。もっと、近くでみたかったよ-!!!

浅野家臣に吉良を討たせて、内匠頭で始まった武家の美学をまっとうさせるためには、お家再興がなってはいけない。これはこの物語であってみれば当然の理屈になります。
ゆえに、大評定の内匠頭幸四郎さんよりも、お家再興の願いを出すべきか出さざるべきかという綱豊卿仁左衛門さんのほうが、ぐっと葛藤を見せてくれます。

特に、「吉良を討つたくらみ」をうち明けさせようと詰め寄る綱豊卿と、放蕩の姿は将軍職への野心を隠す姿と切り返す助衛門の対峙は、秀逸。きりきりとした緊迫。そのなかに大人の仁左衛門さんと子どもの染五郎が生み出す愉快なリズム感もあって、見ていてとても楽しうございました。

夜の部は、討ち入り前、討ち入り直後、浪士切腹の内蔵助をそれぞれ團十郎さん、仁左衛門さん、幸四郎さんで演じます。この内蔵助の見比べも面白かったかな、と思いながらも、綱豊卿の仁左衛門さんに満足。

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March 15, 2009

ムサシ

2009年 3月15日 マチネ
彩の国芸術劇場
井上ひさし書き下ろし新作を蜷川幸雄が演出。
藤原竜也、小栗旬のダブル主演
白石加代子、鈴木杏、吉田鋼太郎、辻萬長。

話題性ダントツ。チケットは即日完売。オークションは高値高騰。
3時間半。

こんなふうに並んだ看板に、不安はあった。

初日2日前に台本完成。
しかし、初日は会場いっぱいがスタオベだったとのこと。
「面白い」「抱腹絶倒」「わかりやすかった」というレビュー。

たぶん、見たい種類の空間ではないな・・・という、小さな諦め。

それでも、
藤原竜也と小栗旬のいままでの位置とこれからの立ち位置を考えると、
ふたりの青年の強烈な化学反応を期待していた。

井上ひさしさんのホンを見てきて、「父と暮らせば」は良かったけれど、
それを含めてひとつとして、私を向こうの世界に連れて行ってくれるホンではなかった。
社会的平和メッセージのための演劇。特に最近の作品は。

だから、期待してはいけなかったのだね。

これだけの役者だったから、3時間半見ていられたのかな。
でも、これだけの役者を揃える舞台だったのかしら。

「殺すな 」「生かせ」「もったいない」
劇中の登場人物の叫びを井上さんの言いたいです。
役者の輝きをころすな、生かせ、これだけの役者がもったいない。

竜也の舞台で、竜也が立つ舞台を、弛緩した気分で漫然と見下ろしていた。
こんなこと、初めてだった。

カテコの彼を、見なかった。
それも、初めてだった。


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March 14, 2009

2009 春琴

2009年 3月13日 金曜日 ソワレ 世田谷パブリックシアター

昨年に続き、再演の春琴を 娘と見てきました。2階席最前列センターで、舞台全体が俯瞰できます。
この劇場は、どこから見ても、空間がきれい。好きな劇場です。

昨年、サイモンマクバーニーの闇を操る演出に脱帽状態で、劇場をあとにしました。

再演の今回。

期待値に比べると、やや下がる印象でした。まず、そこから。
昨年の「知らなかった」演出世界への驚きを差し引いたとして、
今回の方が、演出がしゃべりすぎのように感じました。特に2幕目の春琴の胸をはだけた姿、佐助と折り重なる人形の手足。前回もあったのか、定かではありません。役者さんが変わって大柄になったせいもあるかもしれませんが、そこを見せる必要はないのにと思いました。昨年も映像にやや違和感を持ちましたが、舞台全体を俯瞰できる席だったせいか、春琴の写真の映像も不要に感じました。朗読者の私生活を重ねる趣向も、前回見たときよりも、全体を通してみて不要に感じました。説明しなくても良いのに、と。
もっとも、初見では、説明は必要なのかもしれません。

期待値が高かったゆえの、マイナスポイントをあげましたが、

質の高い緊密な空間は、さすがで、見事で、ヨーロッパの目が見た日本の美の真髄として、素晴らしかった。

深津絵里さんの声と本條秀太郎さんの三味線の音が重なり合って、それはもう美しかった。

あの声とあの音と声、

灯と闇と灯、

春琴と佐助と春琴、

それが心と体と心とを表すのだと、しんしんと続く二人の営みによって、わかってゆくのでした。

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