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September 2010

September 19, 2010

イリアス

やっぱり、ヒラミキ!に尽きる。圧倒的な存在の美しさ。

2010年 9月11日 土曜日 テアトル銀座 マチネ

まだ、真夏まっさかり 昼日中の 銀座1丁目。

ホメロスの叙事詩をもとに木内宏昌さんが脚本、栗山民也さんが演出。

主演 アキレウスに内野聖陽さん。

チケットを買った決めては 悲劇のトロイア王プリマオスのヒラミキ。

幕開きは朱の石壁を思わせる背景のまえに倒れている女たち。
ところどころ血で汚れた白い衣装。彼女たちは時に殺される民衆に時に闘う兵士に時に人間の前に立つ神たちになって、舞台を廻します。

幕開きは、おっ、ニナガワ風という感じです。色の対比が美しく、階段状になっている舞台の奥行きもある。時間と世界を感じる舞台美術です。

ギリシア軍の総大将アガメムノンに木場勝巳さん。戦利品に固執する王の矮小さを演じる。
ギリシア軍の作戦参謀のオデュッセウスに高橋和也さん。勝つことを優先させる組織人として描かれる。この二人がいわば悪役のポジションで、女神を母に持つギリシアの勇者アキレウスは、アガメムノンやオデュッセウスに反発し、母である女神に闘うことを止められる。チョウウソンハ演じる部下にして友はアキレウスにかわって戦場に立って死に、その屍は引きずられ野犬の餌となり辱められる。
トロイア側は老王プリアモスにかわって、戦線に立つ息子ヘクトル。その妹と妻の目からヘクトルの勇者ぶりが浮かび上がる。ギリシア軍を圧倒するヘクトル。ついに、アキレウスとヘクトルの一騎打ちとなる。内野さんの男っぽさと男の可愛さと。とってもわかりやすかった。

・・・なんだけどね、

なんだけど、話は大変良く分かるように作られていて、脚本と演出が十分成功していたと思うのだけど、

舞台の上で登場人物たちが状況を叙事してくれるのだけど、
舞台空間も美しく、役者も熱い、
なのに、なぜか入り込めない、内野さんキュートでかっこいいし、チョンソンハも良い感じ案のに、

モノローグが順番に続く構成に、正直なところ飽きてしまいました。
これは叙事詩なのね。私は叙事詩は苦手かもしれないな。
文楽の太夫さんの語りには心が震えてきたのにな。

そんなふうに思い始めた終盤、

心を鷲掴みにする言葉の応酬がはじまったのです。

息子ヘクトルの遺体を返してもらうためにアキレウスの前にひざまずく年老いた王プリマオス。

ヒラミキ~!!!!!

ヒラミキの哀しみの大きさ、深さ。息子を殺した男に許しを願う。人はここまで屈辱を乗り越えられるのか。

圧巻。

見に来て良かった。ヒラミキを見に来て良かったと、心からおもいました。
前日のカトケンのキラキラ光る眼光と目前のヒラミキのマグマのような慟哭が
重なって見えたのでした。

たしかに、舞台には
役者のなかの、
役者、がいる。

それを、ただ魅入りたい。

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木の皿

振り絞るように吐く「怖い」・・・・・その時カトケンの目はほんとに光ってると思う。


2010年 9月10日 金曜日 夜
本多劇場

休憩なしの2時間15分。

老人のロンを演じる加藤健一さん。やっぱりカトケンは凄いわ。

物語は年老いた父が家の「厄介者」になってしまった姿を描きます。

結婚以来20年間、義父の面倒を見続けてきたケイト。夫婦の家に間借りしし始めた若いエドの存在がケイトの心に今までなかった「夢」を作り出してしまいます。

年老いた父と「お父さんが出ていかないなら私が出てゆく」と迫る妻の間で為すすべのない夫のグレン。
父を老人ホームに送る相談で帰京した長男には父を引き取る気持ちは毛頭ない。誰しも自分と自分の家族だ大事だと、それに異を唱えるのは難しいのだけれど。
この兄弟には、さらに、何度手紙を出しても返事さえしてこない弟たちがいる。それが、いっそうどうしようもないやりきれなさを増幅させます。

歳をとるそのことが罪のはずがない。しかし、目も見えなくなってきた老人は楽しみの煙草に火をつけては小火をおこし、食事のたびに皿を割り、これ以上食器を割らないように与えられた木の皿を呪います。

「これ以上犠牲になりたくない」と叫ぶケイトを誰も責められないでしょう。ケイトに犠牲を強いることはできない。けれど、自分が引き受けることも出来ない。それが「犠牲」であることが悲劇なのです。

老人ホームになど入りたくない、ただ普通に自分の家で孫や友達と暮らしていたいと望む老人を
ケイトが望むように追い出せるのか。追い出して良いのか。

この物語に「解決」はないように見えます。
目の前で起きていることに延々と何も解決策がない袋小路が続きます。
重苦しく、出口がなくて、この芝居はどうやって終わるのでしょう?

ほんとうに重苦しいきもちのまま終盤を迎えたとき、
孫のスーザンが「私も家を出る。おじいちゃん、一緒に暮らそう」と言い出して、
彼女にとって祖父と暮らすことは犠牲でないのなら、
観客はみな、彼女のこの提案にほっとしたとおもう。

けれども、老人はその申し出を拒みます。

ここからが、素晴らしかった。カトケンワールド炸裂だった。

老人ははじめて、他者の献身を正面から受け止め、自分が「犠牲」を受けることに立ち向かうのです。

「怖い」と、震えながら、目に強い強い光が宿っている、老人の姿に、

人が人として生きる尊厳のなんたるかが輝いて見えました。

あの最後のロンの姿がなかったら、正直、この劇は苦しかった。
役者さんがみな、自然で、演出もあざとくなく、まっとうな気持ちよい劇空間だっただけに、そこに描き出された家族の姿を見るのがつらかった。

どんな状況でも、どこかに、尊く生きる方向があると言ってくれたように思います。

それだけに、最後の娘の木の皿を胸に抱いて言った一言「お母さんにもいつかこの皿がいる」は、
いらなかったなぁ。それは「母」にだけ向けて言われる言葉ではなかったように思う。すべての人が自分に抱える言葉だったように思うのだけど。

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September 12, 2010

叔母との旅

演劇における身体表現の快感がこんなふうにあったのか。リズムリズムリズム・・・カイカン!


2010年 9月 3日 金曜 夜

シスカンパニーの公演です。
段田安則、浅野和之、高橋克実、鈴木浩介
くせ者の4人の男優だけの「叔母さん」との旅を描くなんて、中身を何も知らなくてもわくわく。
青山円形劇場は得意ではないけれど、四方からの観客の視線に役者たちがどう応えるかも興味津々。

休憩を入れて2時間半。期待以上に「役者」を堪能しました。

4人とも、すごい、すばらしい。
4人の役者が次々に演じる人の数は20以上。

さらに、主役ヘンリーは4人の役者がリレーのように入れ替わってゆく。
段田さんのヘンリーがオーガスタ叔母さんに会ったとたんに高橋克実さんのヘンリーへ、叔母さんの愛人ワーズワースの前では浅野さんのヘンリーが現れ、やがて浅野さんのミス・キーンに愛をうち明けられない鈴木くんの若く内気なヘンリーになる。

真面目に銀行員をつとめあげた小市民にして保守的人生の典型を生きてきたヘンリーが人生の最後のかどをまがる。母の葬儀で久しぶりに会った奔放な叔母オーガスタ。オーガスタは今は黒人の愛人ワーズワースと暮らし、ヘンリーは叔母と愛人の怪しい事件に巻き込まれるように叔母と共に旅に出る。やがて、叔母はかつての恋人と再会をはたし、ワーズワースは捨てられたことを熱く嘆き苦しむ。人生のレールを1ミリも踏み外すことなく人生を終える最後の角を曲がったヘンリーから見たら、ありえない、考えられない、相容れない叔母。

4人の役者は衣装を換えることなく舞台の上で一瞬のうちに次の役に変化する。
スリリングなスピード感。呼吸をひとつにしている緊迫感。舞台を四方からとりまく観客には瞬きする暇も与えてもらえない。

4人が持つトランクがタクシーになって、体が同じ角度でカーブに体を傾ける。体の傾き、足の方向、手の動き、声だけで演じるのではなく、全身でいろいろな人間を演じつつ、4人に同じリズムがあって心地よかった。

芝居の出始めのこのシーンで早くも心を鷲掴みにされてしまいました。4人と観客の一体感があそこからはじまりました。振り付けは小野寺修二さん。7月に「空白に落ちた男」でキーマンを演じた方でした。演劇の身体性に、また、嬉しくなりました。言葉と身体。このどちらもをとことん突き詰めて演劇が存在するわけです。

演出は大胆にして巧妙、シンプルで緻密。照明も衣装も道具も、役者の動きをとてもきれいにみせていました。
そのうえ、転換に春琴や変身と同じ素敵な緊張感がありました。松村武さん。次の舞台も楽しみにしたいです。

段田さんのオーガスタおばさんは見事。始めっからとにかく上手。しかも、段田さん、女形の才能あるねぇ。軽妙で楽しくて・・・ここに人生のどうしようもない重さを求めるのは酷でしょうか。

叔母への愛を命で貫いたワーズワースの哀れさを高橋克実さん、良かったな。わたし、泣いちゃったよ。

浅野克実さんの若い娘もか細くはかなく愛らしく、単調になりそうな舞台のリズムをすくっていました。味わい深いなんともいえない可愛さ。

そして、少し若い鈴木浩介くんがまた良かった。やっぱり、いくら上手でも役者がおじさんばかりだと、舞台の空気が地味になりすぎるから。ミス・キーンへの心残りが終盤のヘンリーの変化ととっても対比できていた。

ただ、唯一残念だったのは、オーガスタとヘンリーに感情移入できなかったこと。

役者を十分楽しんだのでそれで十分だったけど、原作のメッセージに今ひとつ共感できなかったのは、
作者グレアム・グリーンの価値観が私と遠すぎたからだと思う。
イギリスの小市民性って・・・。ぜんぜん同情できなくて(苦笑)

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