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September 12, 2010

叔母との旅

演劇における身体表現の快感がこんなふうにあったのか。リズムリズムリズム・・・カイカン!


2010年 9月 3日 金曜 夜

シスカンパニーの公演です。
段田安則、浅野和之、高橋克実、鈴木浩介
くせ者の4人の男優だけの「叔母さん」との旅を描くなんて、中身を何も知らなくてもわくわく。
青山円形劇場は得意ではないけれど、四方からの観客の視線に役者たちがどう応えるかも興味津々。

休憩を入れて2時間半。期待以上に「役者」を堪能しました。

4人とも、すごい、すばらしい。
4人の役者が次々に演じる人の数は20以上。

さらに、主役ヘンリーは4人の役者がリレーのように入れ替わってゆく。
段田さんのヘンリーがオーガスタ叔母さんに会ったとたんに高橋克実さんのヘンリーへ、叔母さんの愛人ワーズワースの前では浅野さんのヘンリーが現れ、やがて浅野さんのミス・キーンに愛をうち明けられない鈴木くんの若く内気なヘンリーになる。

真面目に銀行員をつとめあげた小市民にして保守的人生の典型を生きてきたヘンリーが人生の最後のかどをまがる。母の葬儀で久しぶりに会った奔放な叔母オーガスタ。オーガスタは今は黒人の愛人ワーズワースと暮らし、ヘンリーは叔母と愛人の怪しい事件に巻き込まれるように叔母と共に旅に出る。やがて、叔母はかつての恋人と再会をはたし、ワーズワースは捨てられたことを熱く嘆き苦しむ。人生のレールを1ミリも踏み外すことなく人生を終える最後の角を曲がったヘンリーから見たら、ありえない、考えられない、相容れない叔母。

4人の役者は衣装を換えることなく舞台の上で一瞬のうちに次の役に変化する。
スリリングなスピード感。呼吸をひとつにしている緊迫感。舞台を四方からとりまく観客には瞬きする暇も与えてもらえない。

4人が持つトランクがタクシーになって、体が同じ角度でカーブに体を傾ける。体の傾き、足の方向、手の動き、声だけで演じるのではなく、全身でいろいろな人間を演じつつ、4人に同じリズムがあって心地よかった。

芝居の出始めのこのシーンで早くも心を鷲掴みにされてしまいました。4人と観客の一体感があそこからはじまりました。振り付けは小野寺修二さん。7月に「空白に落ちた男」でキーマンを演じた方でした。演劇の身体性に、また、嬉しくなりました。言葉と身体。このどちらもをとことん突き詰めて演劇が存在するわけです。

演出は大胆にして巧妙、シンプルで緻密。照明も衣装も道具も、役者の動きをとてもきれいにみせていました。
そのうえ、転換に春琴や変身と同じ素敵な緊張感がありました。松村武さん。次の舞台も楽しみにしたいです。

段田さんのオーガスタおばさんは見事。始めっからとにかく上手。しかも、段田さん、女形の才能あるねぇ。軽妙で楽しくて・・・ここに人生のどうしようもない重さを求めるのは酷でしょうか。

叔母への愛を命で貫いたワーズワースの哀れさを高橋克実さん、良かったな。わたし、泣いちゃったよ。

浅野克実さんの若い娘もか細くはかなく愛らしく、単調になりそうな舞台のリズムをすくっていました。味わい深いなんともいえない可愛さ。

そして、少し若い鈴木浩介くんがまた良かった。やっぱり、いくら上手でも役者がおじさんばかりだと、舞台の空気が地味になりすぎるから。ミス・キーンへの心残りが終盤のヘンリーの変化ととっても対比できていた。

ただ、唯一残念だったのは、オーガスタとヘンリーに感情移入できなかったこと。

役者を十分楽しんだのでそれで十分だったけど、原作のメッセージに今ひとつ共感できなかったのは、
作者グレアム・グリーンの価値観が私と遠すぎたからだと思う。
イギリスの小市民性って・・・。ぜんぜん同情できなくて(苦笑)

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