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February 2011

February 06, 2011

花形歌舞伎 於染久松色読販

おそめひさまつうきなのよみうり

2月3日 木曜日 昼の部 12:30開演
テアトル銀座

この劇場好きだ。小さすぎず大きすぎず。ほどよい傾斜で後ろからでも舞台を近く感じる。

平らで横長の歌舞伎座とは正反対の空間で、浅草公会堂に近い。
舞台下手に細長いせり出し道をつけて、これが花道になる。

ここで、亀が七変化。
早変わりを楽しむ。ひとりの演者が7つの役を入れ替わり立ち替わり演じる。もちろん芝居の流れはとぎれない。面白かった。もう1回見てじっくり復習したいくらい。

質屋油屋の娘、お染が現れる。14,5の娘の振り袖姿が愛らしい。袖に引き込むと、反対側から親に許されぬ恋人の丁稚久松がやってくる。(もちろんこれも亀。舞台後ろで走っているのだろうなぁ。)

久松は田舎娘のお光と許嫁の仲だが、これは久松の思いとは別のところで進んでいる話。
お光は久松に焦がれているが久松とお染が恋仲であることに気づき、辛い思いを口にする。

つぎに奥女中竹川が現れるが、じつは竹川は久松の姉。
この姉と弟の父は、主家の刀を紛失した咎で切腹している。
久松は姉とともに、刀を探し出そうとしているというわけを持つ身。

その刀がお染の質屋に入っていると知り、竹川は請け出す百両の工面をかつての女中でいまは小商売をしているお六に頼む。
一方、お染の兄は芸者小糸に入れあげてまったく頼りにならない。お染の父はすでになく後妻の貞昌はお染と店を案じてお染の嫁ぎ先を決めている。

咲きかけた蕾のようなお染から、義理の娘とは言え深い親心を見せる貞昌、男と駆け落ちしたあげく強請り稼業までするようになったお六と、さまざまな人間模様の七役、(お染、久松、お光、竹川、お六、小糸、貞昌)をひとりが演じる。

1幕はこの7人が物語の舞台と登場人物紹介のごとく順に出てくる場。
つまり亀は出ずっぱり。
着物、かつら、どれもいい加減に着ればすぐに崩れるものばかり。声も所作も違う。
舞台の上ではそそとして歩き時には涙で袖をぬらしても、舞台裏では走っている、その息づかいと緊迫感が客席を湧かせる。

2幕目前半は早変わりはお休み。「物語り」の見せ場で、お六が駆け落ちした相手の喜兵衛とともに質屋油屋に強請りに入る。それまでの腰の低さから強請りたかりの悪女に豹変するあたりは、演じる役者さんの快感がぱっと放出される見せ場で、亀はほんとに気持ちよさそう。

後半はお染の母貞昌の母心、久松を焦がれるお染、お染から手紙をもらう久松、の3人が同じ場所にいて、後ろを向いているのが吹き替えとわかっていても、お。ここでかわったなと思ってみていて面白い。

種明かしの分かっている手品がお約束通り巧みにできるさまをお客は楽しむ。

3幕目は片思いに恋い焦がれたお光の狂女の舞い、この目のはずし方肩の落方、さすが舞いの名手亀治郎、見応えあり。今日の舞台で、実は一番目に残った。亀の、気持ちの入った舞いは目に残る。
お染と久松の道行きは、ふたりが舞台の上で一瞬でいれかわる超絶早業。
人間が表と裏を見せながらふたつの帯のようにたなびいて入れ替わる。

そして、お六の立ち回りで締め。

あ~面白かった。亀のサービス精神を堪能。

彼の挑戦する姿勢はまっすぐで潔い。観るものに感動だけでなく快感をあたえようとしている。
深さではなく、リズム感やスピード感、これも歌舞伎だ、とでも言うかのように。

それでも、深いんだよね。仁さまとは違うけれど、屈折のなかに潔さがあって。
若さかな。賢さかな。今の時代の覚悟のあり方を感じる。

生きている姿がそのまま舞台に出る。
演劇って、そういうところがある。
歌舞伎のように様式化されたものでさえ、それとも、様式化されているから余計に。なのか。

夜の部は油地獄。仁さまの与兵衛を染が継ぐことはできないけれど、殺される亀のお吉が染のどの部分をひきだして与兵衛を作り出すか、それはそれで楽しみだ。

いまのところ、仁さまがやらないなら、見てみたい与兵衛は超絶に冷たい菊だけどね!

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